兎丸さんを知るキーワード

最終更新: 2011年11月 / Last Updated Nov 2011

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兎丸さんを知るためのキーワード、として関連する人名や物事を挙げてみました。毎度、著者あとがきやブログ、インタビューからかき集めたネタの再構成です。基本的に兎丸さんを中心とした説明を行いますので、定義や、概要、詳細な説明については項目名にリンクしたWikipediaの該当箇所を参照してください。

【あ】

アシスタント

実質的にアシスタントを使い始めるのは「π」の週刊連載以降。兎丸さん一人の手描き(「Palepoli」)からコンピュータの本格導入(「Marie」)を経る過程で編み出した協業スタイルについては「電脳漫画技研」が詳しい。但し初期においても D[di:] との協業的なスタイルはあった模様。「ショートカッツ」では D[di:] がツッコミ役で頻繁に登場する。また初版の柱ではコーナーも展開された。また「π」(5)のカバー下にはアシスタント漫画がある。
これまでの主なアシスタントには、姜珠美さん、井上弘子さん、小崎亜衣さん、広木陽一郎さんなど。

アックス

青林工藝舎発行の雑誌。1999年12月号では兎丸さんのロングインタビューが掲載(表紙、口絵も)。「ユメカナ」(「Garden」所収)は、この号の表紙からイメージを膨らませて作成された。

「「ガロ」に代わって8割くらい「ガロ」の元編集者の人が作っている、青林工藝舎の「アックス」っていう雑誌があります。それは「ガロ」を引き継いだ形で存在しているし、その存在意義はすごくあると思います。なぜならそういうところでしか発表できないような作家、そういうのを目標にしている若いパワー、エネルギーもいっぱいあるからですね。」(ティム・リーマン著「マンガ・マスター」でのインタビューより)

吾妻ひでお

漫画家。「海から来た機械」(「Garden」所収)のオリジナル版作者。「ショートカッツ」のひでおにも登場。

「(中学生)当時は、吾妻ひでおとか高橋葉介とか、ああいうマンガマンガした感じが好きだったんです」(「ユリイカ」1997年4月号 よしもとよしともとの対談より)

飴屋法水

東京グランギニョル主宰。兎丸さんのマイミク紹介では
「尊敬★ライチ光クラブ生みの父親
20年来のファン
次の動きがとても気になる方です★」
その言葉どおり、静岡で上演された最新作「転校生」を観に行き、強烈な感動を受ける。逆に飴屋氏からは次のように紹介されている
「現東京グランギニョルの最重要メンバーである。僕はいずれ、彼のために1本作品を造らなければならないだろう。」
エロティクス vol.34 (2005)で対談。タコシェで行われた「ライチ☆光クラブ」サイン会にもちゃんと列に並んで参加していた(ただし、制服は着てませんでした :-))。

荒俣宏

博物学者、作家。「裸体の起源」(「Garden」所収)の原案者。荒俣氏の
「裸体の起源とも言うべき物語。肉体をすべて脱ぎ捨て骨だけになってすべてを知る、というのはどうでしょう?」
という言葉に、ボッシュ「快楽の園」のイメージで作成。
また兎丸さんが初めて観た東京グランギニョルの舞台「ガラチア」の原作「帝都物語」の作者。ただし東京グランギニョル版は、ドーマンセーマンや加藤のイメージだけを借りて作成された、まったくのオリジナルのようである。

伊集院光

タレント。熱烈にファン(兎丸さんのmixiにおける自己紹介 好きな有名人より。ちなみに2人挙げられていて、もう一人は飴屋法水(崇拝))。コザキユウスケさんが持ってきた「深夜の馬鹿力」過去9年分が拍車か? 映画「ZOO」完成後の乙一との初対談でもラジオネタで盛り上がり、その結果として「少年少女漂流記」が作成される。後日、兎丸さんはロケ中の伊集院氏を見つけ、出待ちした上で、同書を手渡している。
兎丸さんの部屋(or 仕事部屋?)には、直筆の「童貞忘れるべからず」と大書された紙が貼られている。

Windows

漫画化には珍しく Windowsユーザー。最初に相談した教え子の卒業生が、PCの自作派だったためとか。特にデータ入稿等でも問題はないらしい。

うさぎ☆ひとりクラブ

兎丸さんのブログ。 2007年4月スタート。当初は携帯メールの写真に1行タイトルが付いただけの「ゆるい写メ日記」だったが、次第に個人的な話や漫画製作上のコツが述べられるようになった。「シイタケ☆光クラブ」や「うーさん」など、ここでしか見られないセルフパロディ系の画像もある。

うーさん

「うさぎ☆ひとりクラブ」に登場する兎丸さんの分身キャラ。「Palepoli」では陰のある青年風に描かれていたが(白取さんとの「まんが道」のパロディはある)、「ショートカッツ」以降は、ペンネームから想起される兎の姿で登場。最近では讀賣新聞夕刊に連載中の「POPくん」に度々登場する。

楳図かずお

漫画家。東京グランギニョル版の「ライチ」では、越美晴 演じるヒロインは、マリンという名前だった。これは当時連載されていた楳図かずおの「わたしは真悟」に出てくる「まりん」から取られたもの。兎丸さんの漫画ではそのイメージが強すぎるため「カノン」に変更されたが、「彼女を守る51の方法」では、終盤、そのオマージュとして「まりん」という少女が登場する。

「(小学生のころ)「まことちゃん」なんかだと自分に近くて、わからないところは何もない。「まことちゃん」は大好きでした」(永江朗著「平らな時代」より)。
「ショートカッツ」では「まことちゃん」のパロディを展開し、献辞に許可をもらった旨の記述がある。

うる星やつら

高橋留美子のコミック。
「「π(パイ)」はふつうのマンガに見えるかもしれませんが、自分にとっては実験であり挑戦です。読みやすく、くだらなく、なるべく一話ごとに完結するギャグマンガ。じつは「うる星やつら」を意識しています。」(美術手帖 2006年2月号)

江口寿史

漫画家。COMIC CUEの初代編集者。COMIC CUE vol.2カバー・バージョン特集に「death comi」が掲載される。「Palepoli」連載の「ガロ」は原稿料ゼロだったため、この作品が初の印税作品となる。ちなみに執筆陣で最もネームが早かったのが兎丸さんらしい。後日、江口さんに「CUEの同志」と言われ、喜ぶ。ただ本人の前ではまだまだ緊張している(DJイベントにて本人談)

絵の人

「僕はどうも絵の人と思われているみたいですが
絵を描くのは結構苦痛なんです。変に聞こえるかも
しれないけれど。
勿論いい絵が入った時は嬉しいのだけど
いい絵は毎ページ入って当たり前というか
入れないと漫画として成立しないから
喜んでばかりもいられないというか、つて。
いい絵を入れるのは義務というか、つて。
義務だから辛いというか、つて。」 
(うさぎ☆ひとりクラブ 2007.04.29)

乙一

小説家。乙一さん原作の映画「ZOO」の一作「陽だまりの詩」で、兎丸さんは脚本、キャラクターデザイン、絵コンテを担当。その縁で、試写会後、小説すばる誌上で対談(文庫版「ZOO」(1)所収)。その後、「少年少女漂流記」では古屋×乙一×兎丸名義で合作する。また乙一さんが本名の安達寛高で監督した作品「立体東京」と桜井亜美監督作品「人魚姫と王子」との合同上映会 「東京小説~乙桜学園祭~」では、三人で学園祭実行委員を結成し、公式パンフを作成。兎丸さんはポスターを書き下ろした。

【か】

加藤ローサ

モデル、女優。兎丸さん作品初の映画化「いちばんきれいな水」の主演。公開時期に発売された「彼女を守る51の方法」(1)に関連し、掲載誌のコミックバンチ上で対談。単行本の帯や同封のチラシにも登場している。
映画「いちばんきれいな水」のポスターは、主演の二人(加藤ローサさん、菅野莉央さん)をモデルに、愛と夏美を描き下したもの。

ガロ

青林堂発行の雑誌。兎丸さんのデビュー作「Palepoli」、「エミちゃん」を掲載。

「僕がマンガ家としてデビューしたのは、「ガロ」の編集部に持ち込んだのがきっかけなんです。投稿ではなく、直接編集部に行きました。一度、旧「ガロ」編集部がある木材屋の、伝説の急な勾配の階段っていうのを昇ってみたくて(笑)」(「マンガの道」)

「僕は長井勝一賞の最後の受賞者です。僕と東陽(片岡)さんが長井さんからコメントをいただいた最後の受賞者で、すごく嬉しいですよね」(永江朗著「平らな時代」)

利き手

右利き。ただし慢性化した腱鞘炎をいたわるため、箸などの生活全般は左利きにしている。一時期は(今も?)本気で左手で描く練習をしていた。

喜国雅彦

漫画家。兎丸さんと同じ多摩美術大学油絵学科卒。
ヤングサンデーで同時期に連載があった関係か「ショートカッツ」に登場する。一方、喜国さんの漫画「日本一の男の魂」には日本一のデッサン男「古屋兎丸」として登場。「古屋兎丸は高校教師をしていて、実際に女子高生を見ながら、女子高生を描いている」という初期のイメージ作りに大いに貢献する。
喜国さんの漫画が原作の映画「月光の囁き」では、パンフにイラストを寄せている。

こざき亜衣

漫画家。元アシスタント。主にモブ担当だったらしい。兎丸作品には「ライチ☆光クラブ」から「インノサン少年十字軍」に参加。 デビュー前の著作「美少年の描き方」(2006)出版時には 「天才漫画家、古屋兎丸先生の秘蔵ッ子アシスタント、多摩美術大学を一発でトップ合格したデッサン力を持つ」と評された。 兄は漫画家のコザキユースケ。

コザキユースケ

漫画家。ときどき手伝いをしているらしく「自殺サークル」にはスタッフとしてクレジットされている。 伊集院光のラジオ「深夜の馬鹿力」9年分 + αを有する。妹は漫画家のこざき亜衣。 

COMIC CUE

イースト・プレス社発行の漫画雑誌。編集長はvol.3までが江口寿史、それ以降は堅田浩二。二人とも初期単行本の献辞に名前が挙げられている。 vol.02のお便りコーナーには参加表明する兎丸さん手紙が掲載されており連載に結びついたと思われる。

コミックH

ロッキング・オン発行の漫画雑誌。vol.2 (2001)では表紙を書き下ろし、インタビューを掲載。このインタビューは再編集して「マンガの道」に収録されているが、インタビュアー(林陽子)の発言が消えて分かりづらい上に、多数の兎丸さん大判カラー写真(超かっこいい)が収録されていないため不完全。ファンならコミックH vol.2を入手すべし。

【さ】

菜食主義

本人曰く、「ゆるい」菜食主義。あるいは「なるべく菜食主」義。肉も食べるし、お酒も(弱いけど)飲まれるそうです。

シイタケ☆光クラブ

2007年秋に兎丸さんのブログ「うさぎ☆ひとりクラブ」で展開された「常川君の日常」系列のセルフパロディ。

自画像

デビュー作「Palepoli」では机に向かった青年風。続く「ショートカッツ」で兎のキャラとして登場。特に名前はなかったが(アシスタントのD[di:]には単に「先生」と呼ばれている)、ブログで「うーさん」を名乗り絵を付けたことで以後は「うーさん」が定着している。

島田一志

「ショートカッツ」の担当編集者。当時、小学館内で「ヤンサン」ガロ支部と言われていたらしい。「Palepoli」連載中の兎丸さんに声をかけ、レオナルド・ダ・ヴィンチの話を企画するも編集会議を通せず、一転コギャルマンガとなる。

締め切り

「僕は他の作家さんより締め切りが怖いのでしょう。
だから締め切りとは関係のないスタンスで描くのだと思います。」
(うさぎ☆ひとりクラブ 2007.07.15)

この結果「ライチ」や「少年十字軍」では雑誌の連載が執筆ペースに追いつかず、しばしば1号に2話掲載された。「少年少女漂流記」では連載開始時点で既に最終話まで完成。「π」や「51」も10話ほど先行し、編集から「ちょっとしばらく描かないでください」と命令されたらしい。

少年キング

少年画報社発行の雑誌。兎丸さんは中学時代、読者の投稿コーナーでイラストの常連だった。

白取千夏雄

元ガロ副編集長。「Palepoli」の担当編集で、作中にも登場する。彼が編集した「Secret Commics Japan」では表紙に「Palepoli」初版のものを使用している。 
「今の僕があるのは
白取さんのお陰と
いつも感謝してます。

以前言ってた
「永久担当」という思いは
変わりませんから。」
(白取特急検車場【闘病バージョン】2005.3.21 コメント)

smart

兎丸さんの愛車。2003年1月購入。「π」の律子先生の車である。赤銀のsmart fortwo coupeのようである。

園子温

映画監督。「自殺サークル」」は園監督作品「自殺サークル」の冒頭のシーンを兎丸さんが独自に展開していったもの。また映画「紀子の食卓」「愛のむきだし」では兎丸さんは役者として出演している。 古い付き合いのようで映画「うつしみ」ではポスターを描き下ろし、関連して「鈍器降臨」では共作している。また「ショートカッツ (2)」の「アシストDのなやみ相談室(p.28)」では監督の悩み(笑)が取り上げられている。

【た】

竹熊健太郎

評論家。多摩美で非常勤講師を務め「漫画文化論」を教えている。毎年生徒には課題として漫画の執筆を課している。ちなみに2005年度作品「城」には、兎丸さんも好意的な評価を寄せた。 たけくまメモ 2006.1.13

タコシェ

中野ブロードウエイ3Fにある書店。創設は1993年に松沢呉一さんと中山亜弓さんによる。兎丸さんのサイン会がたびたび行われ、また合わせて原画が売られる場合もある。

chutte

デザイナー。本名 竹智淳。「プラスティックガール」で初コンビ。 以降「鈍器降臨」「ハピネス」「ライチ」「51」「少年少女漂流記」「マニエリズム」など凝りまくった表紙デザインを手がける。 意外なところでは兎丸さんも表紙に登場した「maido! DOMO!」のデザインも担当している。読み方はチュッティ?

つげ義春

漫画家。兎丸さんがデビューした雑誌「ガロ」をメインに活躍。その後の漫画家に多大な影響を与え、無数のパロディを生んだ。 兎丸さんも「Palepoli」での「助川助三の野望」を始め「ショートカッツ」の「コギャルの村」、「π(8)」の陶芸部等でネタにしている。

常川君の日常

マンガ・エロティクス・エフ40号において特別編として掲載された「ライチ☆光クラブ」の4コマセルフパロディ。 単行本に収録される予定はない。このため一時はヤフオクでバックナンバーに(特集が「山本直樹トリビュート」ということもあるが)数万円の値段がついた。 現在は兎丸さんのブログでスキャンイメージが公開されている。ちなみに「常川」は「つねかわ」と読む。

D[di:]

漫画家。「ショートカッツ」から「自殺サークル」まで何らかの形でクレジットされている。連載時期的に「鈍器降臨」も参加していると思われる。 また「タダダー」(「Wsamarus 2001」所収)は二人の連名で連載された。「ショートカッツ(1)」にはアシスタントとして「マイ・D・アラヤ」とあるが、 「ショートカッツ」のマイちゃんは、D[di:]の本名から?

東京グランギニョル

1984年に飴屋法水を主宰として作られた劇団。暴力や血を題材とした、耽美な作風で知られる。全4作品を発表し、結成から3年ほどで解散したにもかかわらず、今でも多くの根強いファンを持つ。「ライチ☆光クラブ」 は東京グランギニョルの第3作「ライチ光クラブ」を原案としている。その過程については「SNSの研究」所収の兎丸さんインタビューが詳しい。

トライアンフ

英国のバイクメーカー。兎丸さんはトライアンフT120 650cc ファーストボンネビル(1959)と、T20 200cc (1967)を保有する。 乙一さんとの「少年少女漂流記」対談では兎丸さんはトライアンフTシャツを着ている。その後、T20は手放したそうです。

【な】

二次創作

・二次創作は愛ゆえの行為なのでどんなに内容が
●○××でも僕はOKです。
送ってくれたりすると感謝しますよ!
(うさぎ☆ひとりクラブ 2007.11.11)
というわけで基本的にはOKらしい。過去にはライチのMADを手放しで喜んでました。

ネーム

やっぱり漫画の楽しみはネームにあります。
イメージしてるものがストーリーとして
まとまっていく快感はなんともいえないものが
あります。脳内ナントカ出まくりです、つて。
パズルに似てます。
(うさぎ☆ひとりクラブ 2007.04.29)
作品によってネームの処理や準備は大きく異なるが、基本的には早い。「Marieの奏でる音楽」の場合、連載が始まる前に1週間かかるかかからないかで 合計で5~600ページ分ものシナリオを書き、ネームを描き、その上で連載を始めている。「自殺サークル」は1日で台本、4日でネーム、25日で170ページ描いた。 逆に「π」は数行のシナリオしかなく、その場でネームを描いた。これはギャグ漫画ということで、その場のノリを大事にした結果。

具体的な方法については、ブログ内の「漫画の描き方・ネーム編」を参照。

ネリネリ団

多摩美術大学入学し、入部した劇団の名前。そのアングラな響きとは裏腹に、やっていた演目は、つかこうへいらしい。

【は】

HAKUEI

ビジュアル系バンド PENICILLIN のヴォーカル。漫画兄弟の次男。

平沼紀久

俳優。漫画兄弟の三男。彼のブログには、しばしば兎丸さんが登場する。

ファミレス

深夜に入り浸っては、周囲の目も気にせずネームを切っている。ブログからはとても楽しそう。

古屋兎丸

喜国さんの漫画「日本一の男の魂」に登場する「日本一のデッサン男」。父の名前は古屋亀丸。

【ま】

松沢呉一

タコシェ共同創設者。兎丸さんの最初のファンレターは松沢さんからのもの。その関係か「えろえろ」「糞尿タン」 のカバーを担当。 またデビュー直後に
「古屋さんを知らないのぉ。注目株なんだから、今のうちに作品をキープしておくべきですよ」 
まんだらけ古川社長に紹介している。

丸尾末広

漫画家。東京グランギニョルではポスター画だけでなく俳優、演出としても活動していた。

僕は丸尾末広先生が好きなのは
もう周知の事実になってると思いますが
作風はそれほど影響を受けてません。

僕が丸尾先生の最も尊敬するところは
「職業漫画家」であることなのです。
(うさぎ☆ひとりクラブ 2008.04.17)

漫画兄弟

長男兎丸、次男HAKUEI、三男ノリで結成するユニット。ただし企画によっていろいろな人も入って良しぐらいのゆるいユニットとか。 PENICILLINのオフィシャルグッズのデザインを担当。最近(2008/06)は絵本(?)を企画している模様。

mixi

兎丸さんのアカウントもあり、いくつかの貴重な写真が見られる。 「ライチ☆光クラブ」の成立にはコミュが多大な貢献をしたことは「SNSの研究」の兎丸さんインタビューに詳しい。

明星学園

兎丸さんの母校。卒業後12年間美術教師を務めていた。「ショートカッツ」には M 学園の生徒の絵として、当時の教え子の絵が登場する。 

【や】

安田理央

AVライター。兎丸さんの写真集「マニエリズム」の発行元であるダリオレコード主宰。年末に行われるDJイベント「電脳のメリークリスマス」では、 2007年のvol.4のチラシに兎丸さんの書き下ろしの絵を採用。会場で発売する日本酒「電袋」のラベルにも使用した。

吉田戦車

漫画家。「もしも」(「ハピネス」所収)でワンカット描いている。

【ら】

ルマサウヤルフ

兎丸さんが左手で執筆する際のペンネーム。ただし「コミックH VOL.2」でのインタビュー内で思いついただけのものらしく、 4年後に出版された「マンガの道」ではカットされている。